江戸時代には酒や醤油の需要が増えるに従い、杉材を豊富に産出する秋田では当時の秋田藩主による奨励もあり職人たちの技術が向上した。中でも秋田県能代市は日本有数の木材集散地で「木都能代」と呼ばれる程であり、同市で秋田杉桶樽専門店を営む樽冨かまたは弘化3年(1846年)創業と長い歴史を有している。
166年の歴史を引き継ぐ樽冨かまたの11代目鎌田勇平さんに秋田杉桶樽についてお話を伺った。
取材協力:有限会社 樽冨かまた お話:鎌田 勇平さん時代の変化を捉えたものづくりを目指す樽冨かまた
秋田県能代市で杉桶樽専門店を営む樽冨かまたは弘化3年の創業と長い歴史と伝統を背負った老舗の杉桶樽店だ。勇平さんは幼少の頃より、杉桶樽職人の血を受け継ぐ家で職人になるのは当たり前のことだと感じていたという。高校で木材工業を学び、18歳で職人の道へ入り、朝7時から夜の7時までの長い時間を先代や住み込みの職人と共に過ごし伝統の技術を身につけた。
半世紀以上の職人生活の中で勇平さんは伝統工芸品の技術者の中でも高度な技術を持つ職人にしか与えられない「伝統工芸士」として認定され、伝統的工芸品産業振興協会奨励賞、通商産業生活局長賞など数々の表彰を受けている。
美しく丈夫な秋田杉桶樽は江戸から昭和にかけて人々の生活に密着してきたが、昭和30年代にはプラスチックや缶など新たな容器が登場したことによって需要が瞬く間に減ってしまい、戦後の最盛期には300軒もあった桶樽屋が閉店を余儀なくされた。
この時代の変化をきっかけに伝統的な桶樽の長所を生かして新たな商品開発へと乗り出すこととなった。当時、桶樽は土間の道具であって、テーブルの上に乗せるのは些か乱暴なのではないかという意見も周りからは囁かれたが、勇平さんはそれに惑わされることなく時代の変化にあわせ「テーブルウェア」として杉桶樽の新たな可能性を自ら切り開いて行った。
勇平さんは当時を振り返り「あの時、テーブルウェアに挑戦していて良かった。」としみじみと語る。新たな製品の登場にめげることなく立ち向かった勇平さんの挑戦が料亭や家庭などで料理を生かす器として扱われている現在の杉桶樽の価値を築いた。
そうした時代の変化を経た樽冨かまたでは、おひつや酒樽など伝統的な製品に加えビールジョッキや醤油差しなどのテーブルウェア、ランプシェードやスツールなどのインテリアまで幅広く取り扱っている。

伝統的な祝樽と、現代的な装いのカップ。

醤油の風味を生かす醤油注し。

傘立てなどのインテリアも充実。傘立ての前にたてかけられている板は鉢植えを置いたり、ちょっとしたインテリアの台座にしたり、など人によって使い方が何通りでも広がる製品。
ところで、なぜテーブルウェアに挑戦したのか勇平さんに伺うと「杉本来が持つ特性が日本の食との相性が抜群だったことを知っていたから」だという。
実は、杉には発酵を助ける作用、お酒の味を倍加させる香り、適度に塩分の調節を行うこと、など数多くの利点があるそうだ。
秋田杉の産地で産まれた職人の使命として、杉の良さを直接伝えられる実演販売の場に日本全国のみならず海外までも足を伸ばしている。実演販売では「うちの製品はいいよ」と宣伝するのではなく、「なぜうちの製品がいいのか」と杉の良さを伝え、性能に納得した上で購入してもらう。
例えば若い女性に人気がある杉桶樽のおひつは、炊飯ジャーから米をおひつに移すことでまんべんなく空気が入り、日本の麹菌と相性のいい杉が米の甘みを引き出す。さらに余分な水分を吸収してくれるため、炊き上がった米がふっくらとした状態を保つ。
日本の食と抜群の相性を発揮する杉本来の良さに職人の技を加え、美しく機能性に優れた樽冨かまたの製品には有本葉子さんをはじめとする著名な料理研究家などのファンも多い。

実演販売の場での勇平さん。お客様と話すことが新たなアイディアに繫がることも。
貴重な天然秋田杉を永く生かす技法
杉桶樽は自然の産物である木を原料にしているため、制作には極めて高い技術を必要とする。いくつかある工程の中で特に難しいのは、木を組み合わせ僅かに空いた隙間を「たが」で閉める作業で、「水が漏れたら樽でも桶でもなく、それはザルだ。」と笑う勇平さんに実際にたがかけの作業を見せていただいた。

勇平さんが作業をする2階の工房。

鮮やかな手さばきで真竹のたがを編んでいく。

時折直径を確かめながら長い真竹を操る。
樽冨かまたの杉桶樽は杉の良さを生かすために、たがの素材が竹であることにこだわっている。その理由は木が商品となってからも尚、呼吸を続ける「生き物」であるからだ。水を吸っては膨張し、やがて元の姿へと戻ることを繰り返す。その時、同じく自然の素材であり伸縮性のある竹は木とともに呼吸するので何十年経っても丈夫な秋田杉に寄り添い桶や樽としての価値を与える。
更に親から子へ、子から孫の代へ、曾孫の代へ…と末永く使い続けてもらうために、修理も受け付けていることが、秋田の厳しい冬を乗り越え、何百年もの長い時間をかけて成長した貴重な秋田杉への感謝に通じる。
その心がけは商品開発にも表れ、「箸置き」、「ふきん置き」などは通常であれば燃料になってしまうような切れはしが材料だ。樽冨かまたに運ばれてきた秋田杉は余すところなく、職人の手によって命を吹き込まれ日常を彩る洒落た小物に早変わりする。
また、杉桶樽作りの中で新たなデザインに取り組み、それが完成した時は本当に嬉しい、と目尻を下げる勇平さんは、希少化した天然秋田杉のみならず樹齢80年ほどの人工林の秋田杉を活用するためのアイディアとして丸太の外材(白身)と中心材(赤身)を組み合わせたコントラストが美しいデザインにも取り組んできた。

紅白二段重。

紅白乾杯セット。

色をつけた竹たがが美しいカップ。
職人鎌田勇平「見る目、聞く耳、感じる心」
おひつ一つをとっても見た目だけではなく、手触り、持ちやすさ、香り、味わい、五感から人の心に響くものを生み出す勇平さんが大切にしていることは「正しくものを見る目、話を聞く耳、その目と耳から受ける情報を流さずに留めておく心」だ。そうして心にとどめた出来事を集約してつくることを、ものづくりの基本としている。
五感を研ぎ澄ませ、世の中の移り変わりを捉えながら、本当に「欲しい」と思わせる生活道具をつくることでまた新たな道が開けてくることを信じ、勇平さんは今日も杉桶樽の良さを全国に伝えている。
「誰でも作れるようないい加減なものは作らない」と職人である自分自身について語る勇平さん。

有限会社 樽冨かまた
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